博士の愛した数式 小川洋子

博士の愛した数式 (新潮文庫)

博士の愛した数式 (新潮文庫)

話題になってるものとか、流行のものにはちょっと抵抗がある。
その抵抗は、私ってそんな軽い人じゃないのよ、という下らない意地の産物だな、と正直に考えてみたらそう思った。
まずはこの本を読んでみよう。


書評ブログをあちこち見回してみても、この作品に真っ向から批判的なところは見つからなくて(私の見た限り)、それどころかみんな好意的。
そんなにいい本なのか?とすこし疑いつつ読むが、なるほど。
昂ることなく淡々とやさしく綴られる<私>と息子<ルート>、<博士>の日々。
丁寧に言葉が選ばれていて、物語を必要以上に厚くも、薄っぺらくもみせておらず、素直に好ましいと思える。
三人の関係は、それぞれの愛情と努力(努力がちゃんと描かれるところがミソ)により、本書で時折登場する言葉を借りれば<レース模様>のように慎ましく編まれていく。そのレースのひとつひとつのモチーフをつなげていく役割を、数式が果たしている。
よくできている。


すこし不満があるとしたら、<博士>の記憶の仕組みが実際のところどうなっているか、もう少し説明があるともっと良かったかもしれない。
途中から、例えば過去の記憶やその中に含まれる感情を彼がどのように取り扱っているのか、という点が気になってしまった。
ただし<博士>の持つ障害が読み手自身が有限であることを想起させ、またその障害が数学へ寄せる愛情を必然のものにしていることは確かであって、作者が丁寧に、注意深くこの<博士>の障害を扱っていることはよく伝わってくる。


「世界の中心で…」みたいなものがもてはやされると本当にうんざりするが、こんな優しい手触りの、しっかりしたものも好まれているというのはうれしい。